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親鸞聖人の教えとの出遇い|浄土真宗親鸞会

伝えたかった、自ら命を絶った母に

 3人兄弟の長男であった私は、いつしか、母の愚痴を聞くことが多くなりました。小学生の時、本棚にあった母のノートいっぱいに「むなしい、むなしい」と書いてあったのを見た時、言葉にならない衝撃を受けました。

 物心ついた時から努力して、ひとかどの人間になることが大事だという漠然とした価値観の中で生きてきましたが、母の姿を見ていると、幸せとは何か、ひたすら努力すれば報われるのか疑問をもつようになりました。

 毎日、毎日、同じ事の繰り返し、これから年老いていく両親の面倒をみて、それが終わったころには今度は自分が人の世話にならなければならない。そしてやがて死んでいく。

「苦しいことがあってもそこを乗り越えていかねばならない理由が分かれば、頑張れるけれど、それが分わからないから、余計に苦しい」
「年をとっても、いいことなんかないのなら、長生きはしたくない」
と、友人とも話し合うようになりました。

 受験勉強に明け暮れていた高校3年の夏休みが終わり、新学期が始まった日、母は突然、 「お母さん、死にたくなった」と言ってきたのです。

 私は「そんなこと、言ったらだめだ。それは弱い人間の言うことだよ」という以外に言葉が見つかりませんでした。

 

 しかし、その年の12月、母は独り自ら命を絶っていったのです。

 あまりのショックと悲しみで、何もやる気が起きなくなってしまいました。それまで、一生懸命になっていた受験勉強ももう、どうでもよくなっていました。努力して自己を磨いて力をつけて多くの収入を得たら幸せになれるというのは嘘じゃないか。私の心は叫んでいました。

 葬儀の日に母の名前が大きく書かれているのを見て、今まで母はいつまでも生きているような錯覚におちいっていたと知らされました。

 今自分が死ぬなんてとても実感がわかないけれどやがて、私の名前もあのように書かれる時がやってくる。一度しかない人生、いったい何をすれば 本当に悔いのない人生になるのか。どんな事をやってもこれで死んでも悔いなし、というようになれるとはとても思えませんでした。

 明かりの見えない心を抱えたままでいた時です。人生の目的がはっきりする、と先輩から声をかけられ、初めて高森先生にお会いし、親鸞聖人の教えを知ることができたのです。何のために生まれてきたのか、生きているのか、苦しくてもなぜ生きねばならないのか。生死の一大事を解決して、何ものも障りとならない無碍の一道に出ることこそ人生の目的と聞かせていただき、これこそ自分の求めていたものであったと知らされました。

 この真実、母にも伝えたかった。私の心は定まりました。

 親鸞聖人のみ教えを明かりとし、多くの人に伝えることができるよう、進ませていただきたいと思います。

 


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