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親鸞聖人の教えとの出遇い|浄土真宗親鸞会

避けられない自己の死を 突きつけられた時

 受験勉強を乗り越えた中学時代、受験という目標を突然失った私は「自分自身に対する漠然とした不満」という理由を腹痛に代えて登校拒否するようになりました。

 難関の国立中学に合格するためだけにスポーツも趣味も両親によってやめさせられ、家庭教師を2人つけられ、それが週に2回ずつ、塾には週4回のスケジュールで通う毎日でした。中学に入りさえすれば今の苦況から脱出することができるだろうと思っていました。

 しかし、実際中学に入っても現在の自分自身に何の代わり映えもありませんでした。それどころか「あれだけ一生懸命がんばって入った中学なのに得られたものは合格したときの一瞬の感動だけなのか」と思うと、これから先どれだけがんばって何を手に入れたとしても、結局「これだけか……」という不満に変わってしまうのだと達観しました。すると、なんだか未来に自信が持てず、すべてにおいて気力がわかなくなってしまいました。

 両親はそんな私をなんとか周りの子供と同じようにマトモに学校へ行かせようと家にカウンセラーを呼んだり、また学校では問題視されていたので副校長が家にやってきて説得をされたりしましたが、何を話されても私にとっては蛙の面になんとやらで、全く意味を成しえませんでした。それが悲しくて毎日のように泣く母を見て、なんだか悪いことをしたかのような申し訳ない気持ちになって、仕方がなく学校に行くこともありました。

 それからしばらくたった高校1年生のとき私の人生に衝撃が走りました。長く患って入院していた祖母が死去したのです。かねてより「死」と聞くと、恐れおののくのが嫌で、目に入らないように、問題にしないように、としていた自分に、身内の死を通して避けられない自己の死(未来)の現実を突きつけられたのでした。

「何か」に向かって一生懸命生きなければ、死ぬときに絶対に後悔するぞと思い、学校の授業なら、その「何か」を自分に教えてくれるかもしれない、そのヒントでも与えてくれるかもしれないと思い、取り組み姿勢を変えました。

 しかし、やはり何も分からぬまま大学へと進学したのです。そんな私一人の孤独な苦悩を救うために、進学先の大学で出会ったのが、親鸞聖人の生きた仏法の教えだったのです!

 親鸞聖人のみ教えは大変深いです。その底知れぬ深さは、人生の目的を完成された親鸞聖人の体験からあふれ出ているのだと知らされたとき、生涯求めて得られぬ私の求めているものの答えがあったと歓喜せずにおれませんでした。

 親鸞聖人のように、自分から激しく探し求めたわけでもない私に、向こうから飛び込んできてくだされたのですから、お伝えくだされた先生方のご苦労は、いかばかりかと知らされることひとしおです。

 このご恩に感謝し、多くの方のお役に立てるような医師になりたいと思います。


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