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親鸞聖人の教えとの出遇い|浄土真宗親鸞会

夫が教えてくれた、世の無常

 昭和4年、大阪府で農業を営む両親のもとに生を受けました。

 日の暮れるのを待ちながら、おなかをすかせて泣く弟をおんぶし、一緒に泣いた日々。今は懐かしい思い出です。戦争そして敗戦。モンペばかりの娘時代。22歳で奈良県に嫁ぎました。主人の両親そして小姑7人家族の炊事洗濯、日曜祝日もなく1年365日、朝は5時から食事の支度。3升のご飯をかまどで炊きました。苗取り、田植え、稲刈りと、農作業も優しい主人と力を合わせて頑張りました。

 ところが突然主人が47歳の時、病に倒れたのです。慢性腎不全で透析を余儀なくされました。週3日、1日5時間の透析治療を受けねばならず、「3年か5年の命です」と宣告されたショックは今も忘れることはできません。

 悲しくて主人がかわいそうでなりませんでした。私は何のために生まれてきたのか。主人は何のために苦しい治療に耐えて生きていかねばならないのか。人生とは何なのか。疑問は深まるばかりでした。

 主人は夜中でも、胸が苦しい、あっちが痛い、こっちがかゆいと、訴えます。共に眠れぬ夜が続きます。でもおかげさまで17年も無事に経過し、奈良県の透析患者では1、2と言われるようになりました。

 そんなおり、40年共に暮らした姑が90歳でこの世を去ったのです。寺の住職は、「お婆さんは息を引き取ると同時に阿弥陀さまの極楽に往かれました」と言いました。そんなものなのかな、本当なのかな、と思う私に、姑の百カ日も過ぎた平成4年4月1日、1枚の折り込みチラシが目に留まったのです。親鸞聖人の講話と書いてありました。聞きたいと思い、主人と共に初めて親鸞会のご法話会場へと参詣したのです。

 講師のお話はとても分かりやすく、「仏教には人生の目的が説かれている。後生に一大事がある」と力強く断言されました。住職の話とは天と地の違いがあるではないかと思い、心引かれるまま午後も聴聞させていただきました。

 そして5月、高森顕徹先生のご法話に参詣させていただいたのです。学生さん、青年の皆さん、そしてお年寄りの方まであふれんばかりの人で圧倒されました。

 厳かな勤行の後、壇上にお立ちくださった高森顕徹先生は、正信偈の3文字について詳しく分かりやすく教えてくださいました。わずか3文字の中にこんなに大切な意味が込められているのかと感激いっぱいでした。

 しかし、とうとう主人が体調を崩して、再び入院してしまったのです。もうだめだと繰り返す主人の言葉は私の心に突き刺さり、夜中も体をさするつらい毎日でした。

 ある日のこと、夕食を済ませ、いつものようにお風呂に入った後、急に胸が苦しいと言ってアッという間に帰らぬ人となってしまったのです。

「朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり」

 あまりのあっけなさに涙も出ませんでした。まるで嘘のようです。透析を始めて22年目の夏でした。

 亡くなる前日も、自宅で高森顕徹先生のビデオご法話を一緒に聴聞させていただき、「こんなに分かりやすく教えてくださる先生は、どこにもおられないな」と大変喜んでおりました。

 家が焼けたよりも主人を亡くしたよりも、息子を失ったよりも、人生の大事を箸が倒れたほどにも思っていない心が一大事なのだと教えていただきます。身をもって無常を教えてくれた主人を思いながら、真実の仏法にめぐりあった喜びをかみしめています。今は親鸞聖人のみ教えに生かされる毎日です。


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