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親鸞聖人の教えとの出遇い|浄土真宗親鸞会

死がやってきても  崩れない幸せが知りたい

 小学5年生のとき、父の仕事の関係で、私は父方の実家に引っ越すことになりました。

 父の実家には祖父が1人で住んでいました。入れ歯をしていて言葉のややおぼつかない祖父と、これからどうやって接していけばよいのか、その時の私にはよく分かりませんでした。

「おじいちゃん、ご飯だよ」「おはよう」「おやすみ」「ご飯の前に、先にお風呂入る?」

 祖父との対話は、必要最低限の日常会話がほとんどで、じっくり2人で話をするなどということは、めったにありませんでした。それでも、祖父がハウスで作っているメロンの苗を植えたり、収穫の時期にはメロンや野菜を箱詰めしたり、袋詰めしたり、普段はできないことを祖父から教わりながらするのは、今となってはなかなか体験できないよい思い出でした。

 祖父は私たちと住む前から体を患っていました。まだ幼かった私には、どこが悪いのか、親も祖父も教えてはくれませんでしたが、祖父の体にはもう胃がないということは知っていました。

 病院にも一月に何度か通っていて、よけい悪くなってしまうのではと思うほどの薬を毎日、飲んでいました。たまに具合が悪くなり、日中も寝ていることもありましたが、それでも次の日には元気になったのか、ハウスへ出かけていくのでした。

 私は祖父がこの家からいなくなるなんて思ってもいません でした。

 高校の時、家に帰ると祖父はいませんでした。

「おじいちゃんは?」「ちょっと入院することになったの」。それは突然にやってきました。今までも入院をしたことはありましたが、前もって知らされていない入院は初めてでした。どこが悪いのかも分からず、祖父は家からいなくなりました。

 見舞いに行きたくても具合が悪いらしく、親には「もう少しよくなったらね」と言われ続け、ずっと見舞いにも行けませんでした。

 入院して半年近くたった頃、高校の帰りでした。迎えの車の中で母は「おじいちゃんの具合がかなり悪いみたいだから、今日お見舞いに行こうね」と私と姉に言いました。「かなり悪いってどういうこと?」 私は祖父の姿を想像することはできませんでした。

 ベッドに横たわる祖父の姿を今でも決して忘れません。家にいる時よりは格段にやせ細った体、ピクリとも動かない顔の、鼻にはチューブが入れられ、腕には痛々しく点滴が刺され、ベッドの周りには何かの機械が置いてある、私にとっては初めての光景でした。

「近くに寄って元気づけてあげて」と母は言いました。ベッドに近寄り、「おじいちゃん」と呼びかけましたが、祖父は全く動きません。「手、握ってあげて」と言われ、祖父の手を取りました。初めて触れた祖父の手は骨がゴツゴツしていてしわしわでした。近くで見た祖父の目は少し開いていて、白目が見えました。

 私は「これがおじいちゃんなの? 本当にうちのおじいちゃんなの?」と、だんだん悲しくなってきました。「もっと元気づけてあげて」と言われ、私は抑えることができず、泣きながら「だってもうおじいちゃんには聞こえないよ」と言いました。その場のだれもがそう思っていたのか、だれも何も言いませんでした。

 その時、私は初めて父が泣く姿を見ました。祖父の体はそこにありましたが、もうどこかに行ってしまったかのようでした。自分の力ではもう生きられなくなっていた祖父は、それから1週間もしないうちに亡くなりました。
「おじいちゃん! 選挙と自分の体とどっちが大事なの!」生前、祖父に対して珍しく母が怒ったこの言葉が、たびたび私の脳裏によみがえるようになりました。自分の農業の仕事と、知人の選挙の手伝いのため、祖父は日に日に体を病んでいきました。人のために何かやってあげるのが祖父の生きがいのようなものでした。

 最後の言葉も「看護婦さんに、みかんを1箱あげてくれ」でした。しかし、母の言葉と祖父の病室での姿を思い出すと、自分の体を酷使し、亡くなっていった祖父は、本当に幸せだったのか、考えずにはおれませんでした。

 また、今祖父はどこにいるのか、死後の世界か、それとも実は近くで私を見ているのか、一体祖父はどうなってしまったのか。近い人を初めて失った私は、祖父の死後が気になってしかたがありませんでした。

「諸行無常」。真実の仏法に出会って、教えていただいたお釈迦様のこのご金言は、祖父を思い出させました。あの"死"が、私にも必ずやってくる。死が来ても絶対に崩れない幸せが知りたい。 祖父のことがあったから、そう思えるようになったのかもしれません。

 祖父がいてくれなかったら、私は生死の大問題の解決を教えられた仏法を聞いていなかったかもしれません。

 今、本当の親鸞聖人のみ教えに出会って、人間として生まれてきた目的はこの後生の一大事を解決し、絶対の幸福になることであると知らされました。

 もし祖父がいなければ、人間に生まれることはできなかったし、この教えを聞かせていただくことはできなかったと思います。

 祖父には、今更ながら感謝の気持ちでいっぱいです。


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