浄土真宗親鸞会 神奈川県のサイトへようこそ

お問い合わせ(メール)
親鸞聖人の教えとの出遇い|浄土真宗親鸞会

伝えたい「いのち」の尊さ
   人生に絶望、死を選んだ友へ

 中学3年生の時でした。幼いころから仲のよかった友人と話をしていると、いつもと様子が違うのです。次から次へと昔の思い出ばかりを話しかけてきます。幼稚園で鬼ごっこをしたこと、小学校での合唱コンクール、そして言うのです。

「私が死んだらどう思う?」

 学校でのいじめが激しさを増し、あざだらけになるまで殴られ、何十万もの金を取られ、だれに頼ることもできず、苦しみ抜いた揚げ句の告白、それが、彼女から聞いた最後の言葉でした。

 長かった髪を肩まで切って死ぬ準備をしていたのに、私は何も気づきませんでした。

 苦しんで、苦しんで、ついに死を選ぶ。彼女の人生は一体何だったのでしょうか。

 そんな苦しむ姿を見て私は思うのです。すべての人が人間に生まれてきたことを心から喜べる、そんな社会があればいい。そんな世界を作りたい。そう考えた私は同じ志を持つ友を求め、1人1人に声をかけ話をしていきました。

 すると、彼女と入れ替わるようにすごいやつに出会ったのです。勉強は1番、剣道は2段、1日5時間も社会の革命をしようとしているのに、成績は下がらない。私の成績ばかり下がる。

 とても同じ人間だとは思えませんでした。

 そして彼と2人でさらなる同志を求め、話をし、仲間を探していくうちに、やがて、14、5人になりました。

 しかし、3年めに入ると行き詰まり、そして活動は停滞していったのです。

 こんなことではだめだ。民青(共産党の青年組織)に入り、みんなの覚悟を固めよう。民青に入ればブラックリストに載って就職できなくなる。そこまでの決意で臨まねば。しかし、親や教師の反対により、1人、また1人と去っていったのでした。

 最後に残ったのは、彼と私の2人だけ。高校3年の冬、2人寂しく人生について一日中語り合ったのでした。

 しかし、そこには絶望しかありませんでした。

 それから1週間後、彼から電話がありました。しばしの沈黙のあと、一言「降りる」。

 全身が震え上がるほど、恐ろしく重い言葉でした。

 数時間後、彼は、両手首を、そして、首の頸動脈を切り、心臓を刃物で突き刺して、行くあてもない命を散らせたのです。

 血の海となった彼の部屋を見た時、激しい憤りを覚えました。

 だれよりも真剣に生きていこうとする者が、なぜだれよりも先に死なねばならぬのか。白骨となった友人を呼びながら、「なぜ生きるか」分からぬ自分にいらだつのでした。

「死んでしまったら何もないじゃないか」

 苦悩を恨み、人生を恨み、真っ暗な心で叫びました。

 私は1人でした。

 そのまま1年がたち、大学へ入りました。

暗い人生が転じて

 その年の冬、高校時代の友人が人生の目的を知ったといううわさを聞きました。不思議なきっかけで、誘われるまま、参詣した親鸞会のご法話会場。

 私の恨みのろいの人生が喜びに転じ変わりました。

 人の命は地球よりも重いと言われますが、その裏で、虫けらのように殺されていく人がいます。

「だれもなぜ生命が地球より重いか知らないのです。それは人間にしかなしえない、たった1つの尊い使命があるからです。」

 高森先生のご説法は一言一言が胸に突き刺さりました。知りませんでした。親鸞聖人のみ教えにこそハッキリと人生の目的が教えられていたとは。苦しむための人生ではなかったのだ。生命の大歓喜が味わえる時があったとは。

 若くして散っていった2人が頭に浮かび、「伝えたい」の思いがわき上がってきました。

「人身受け難し、今已に受く。仏法聞き難し、今已に聞く」

 生まれ難い人間に生を受けながら、自ら命を絶っていく若者は後を絶ちません。

 何も知らない中学生でさえ、人生に悩み、自殺するのです。私たちよりほかにだれが彼らの死を止めることができるでしょうか。生命の歓喜、親鸞聖人のみ教えをお伝えしたいと思います。


 (c) 浄土真宗親鸞会 神奈川県
ホーム講演会の案内お問い合わせ