浄土真宗親鸞会 神奈川県のサイトへようこそ

お問い合わせ(メール)
親鸞聖人の教えとの出遇い|浄土真宗親鸞会

「自殺しなくてよかった」 宗教遍歴から真実へ

 私は、群馬県で生まれ、東京で育ちました。21歳で結婚、翌年に長男が生まれ、夫の転職で滋賀に住むことになりました。

 長女、次男と3人の子供に恵まれ、子育てに追われる日々の中で、何のために生まれてきたのか、何のために生きるのか、何のために生きていかねばならないのか、と思い悩むようになりました。

「今の幸せは手元から離れ、必ず死んでいく時がある。このままの人生でよいのか」と、底知れぬむなしさと寂しさに襲われるのでした。

 そんな中、実践倫理宏正会に入会しましたが、心からの満足は得られませんでした。

 実家では、弟が大学中退して、入院していたのです。父は、弟を社会復帰させようと、天心大霊神教に入信し、私も孝行のつもりで入りました。

 父の信仰している宗教だからと、信じようとしましたが、納得できない教えに絶望するだけでした。

 それから、間もなく、無常の風が、父を襲ったのです。

 病名は大腸ガン、すでに手遅れで肝臓に転移しておりました。

臨終の後悔

 入院した晩、父は一睡もせずに、「今やっている天心大霊神教は信用できなくなった」
と、しみじみ私に言ったのです。天心大霊神教への盲信を、父はひどく後悔していました。

 父は、入院3日目に黄疸症状が現れ、2週間目には、しゃっくりが止まらず、意識が薄れていきます。奇跡が起きないかと、深夜2時に耳元で、天心大霊神教の祝詞を上げました。が、父は手で払いのけたのです。頼むから、真実の宗教を探してくれの遺言と受け取れました。

 徹夜の看病も甲斐なく、父は帰らぬ人となり、以来、私は天心大霊神教を辞めました。

 心のよりどころを求めて、今度は、友人の勧める神慈秀明会に入りました。

 しかし、いくらやってもむなしさだけでした。

「お金のない人は救われないのか」「神がいるなら、すべての人が救われるはずではないか」と神慈秀明会の助教授に聞いても答えはありません。その後、神慈秀明会も辞めました。

 訪問に来た青年から、「愛について学びませんか」と誘われもしました。今思えば、統一協会でした。協会側から、

「あなたには神の啓示が降りていません」と言われ、ばかげた教えにあきれ果てました。

 今度は、幸福の科学の本を10冊以上読みましたが、読めば読むほど、出口のない迷路に迷い込んでいくようでした。

「いつまでこんなことを繰り返すのか、真実は、どこにもないのでは」
と、弱気になってきました。

 そんな時、いとこが、わが家を訪ねてくれたのです。いとこは、「人生の目的は親鸞聖人のみ教えの中にあります」と熱心に話し始めたのです。

涙で歌えぬ「恩徳讃」

 半信半疑でしたが、親鸞聖人の懐かしい響きに引かれ、文化講座に参詣しました。

「若不生者のちかいゆえ」のご和讃のお話でした。

 独生独死の魂が、阿弥陀仏のご念力によって、必ず明るく楽しい信楽の心に生まれ変わると聞いた時、血液が逆流したように熱くなり、涙が流れていました。

 そして滋賀で、高森顕徹先生にお会いできたのです。

 初めての「真宗宗歌」が懐かしく聞こえ、親鸞聖人のみ教えを聞かせていただいた時は、涙が止めどもなくあふれていました。

 私の心は、「これだ、これこそ真実だ」と叫んでいました。この教えを20余年間、探し続けてきたのです。

「死ななくてよかった。何回、自殺を考えたことか。お父さん、私は、今、真実に出遇えました」

「恩徳讃」は涙で歌えませんでした。

 以来、会う人ごとに、この喜びをお話ししております。

 周囲には過去の私と同じように苦しんでいる人たちが、満ちあふれています。一人でも多くの方々に親鸞聖人の本当のみ教えをお伝えさせていただきます。


 (c) 浄土真宗親鸞会 神奈川県
ホーム講演会の案内お問い合わせ